| 4/15「思想運動」書評欄で紹介!
雨宮処凛(あまみやかりん) 絶望を彷徨う若者たちへのエール
ちょっとこのオッサン、面白いんだけど! 読みながら、何度もそう叫んだ。多くのオッサンが「最近の若者は根性がない」などという安易な若者バッシングで溜飲を下げ、結果的にいっそうの断絶を生んでいる中で、中西氏は常識も価値観も、そして生き方すらも根底から覆された日本の中で彷徨う若者たちに寄り添い、そしてその構造を解説し、鮮やかにブッた切る。「明るく元気な自分」を振る舞うことでしか存在すら許されない教室。リストカットという表現様式。ゴスロリ。戦闘美少女。ライフコースの閉塞。そこから芽生えるJ国家主義、J戦士。なんだか自分のことを言われているようだ……。
そして「抑圧された者たちをより無力にしていく思想的回路」としての自己責任論。経団連が目指す尊厳死制度という名の「貧乏人は早く死ね」という抑圧というよりは暴力。結局、この国で「生存」を許されているのは「自己責任で行動し自立してみずからを支える個、自分でリスクを負って自分の目指すものについて挑戦する『たくましい個』」だけだ。こんな生きにくい社会に誰がした。生きることへのハードルがどんどん高くなっていく中で、リストカットでもしなきゃやってられねー、というのはあまりにも「健全」ではないか。
若者たちの「生存権」そのものが破壊されている。ネットカフェ難民や生活保護を受けられなくての餓死、自殺などが続いても手は打たれない。若者たちは「早く死んだほうがいいよ」というメッセージに日々さらされている。そしてみずからを責めている。
わたしの世代の多くは「実験台」にされたと感じている。何が正しい生き方か、どうすれば最低限餓死しないか、そのモデルケースすら発見できていない中で、唯一突破口を開いたかに見えたホリエモンもあの通りだ。だけど、悪いのは決して若者だけではない。この本で中西氏はそうエールを送ってくれる。読み終わった後、著者に思いの丈を語りたくなった。
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