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第4回 〈女たち〉の現在(いま)
本欄ではこれまでも、いわゆる学術書や専門書だけでなく、自伝的な作品や評伝を意識的に取り上げてきた。それは、ひとりの人間の生き方そのものに学び、現在の私たちの生のあり方をとらえなおしていくことを、前夜書評チームが重視しているからである。 今回は特に、「〈女たち〉の現在」を考えるために、近現代において女性たちが厳しい状況におかれながらその中でどのように闘い、生きてきたのかを具体的に描き出す自伝や評伝にしぼって選書をおこなった。 ここにあげた七冊では、生きた場所や時間、かかわった仕事などもさまざまにことなる女性たちの人生が語られているが、それぞれがそれぞれの困難に向き合おうとする〈生きる姿勢〉はまさに共通している。よく知られたものであっても、これまで必ずしも女性の生き方という観点から読まれてこなかった本も含まれている。そういった本を、フェミニズムの観点から読み直していく作業を今後も継続していきたい。(高和政)
何が私をこうさせたか――獄中手記 金子ふみ子 著 筑摩叢書(1984)/春秋社(1998) 冬の雑草 郡山吉江 著 現代書館(1980) ある日本軍「慰安婦」の回想――フィリピンの現代史を生きて マリア・ロサ・L・ヘンソン 著 藤目ゆき 訳 岩波書店(1995) ク スクップ オルシペ――私の一代の話 砂沢クラ 著 北海道新聞社(1983)/福武文庫(1990) ギリシャ わが愛――独裁とたたかう女優の半世紀 メリナ・メルクーリ 著 藤枝澪子、海辺ゆき 訳 合同出版(1975) 回想のスメドレー 石垣綾子 著 みすず書房(1967)/社会思想社(1987) カフカの恋人 ミレナ マルガレーテ・ブーバー=ノイマン 著 田中昌子 訳 平凡社(1976)/平凡社ライブラリー(1993)
本書の著者・砂沢クラさんは、一八九七年、アイヌ民族として北見に生まれた。翌年、「北海道旧土人保護法」公布。彼女の半生は、和人(シャモ)がアイヌから土地や言葉を奪い、共同体と生活基盤を破壊していった侵略のただなかにあった。「私の一生は苦労ばかり」というクラさんが自らの半生を綴ったノートをもとに、新聞連載を経て出版されたのが本書だ。 コタンコロクル(村おさ)だった祖父の膝の上で、昔話を聞いて育ったクラさん。一九〇七年、和人によって住み慣れた土地を追われたときから、「部落の、そして私たち家族の不幸が始まりました」という。道内各地を転々として開拓と稲作、鉄道工事などの仕事をしながら、アイヌの人々は助け合って狩猟や儀式を続けた。声のよい人、狩猟をよくする人、度胸のある人……。人々の群像は一人ひとりへの敬意をこめて丁寧に描写されている。 酒を飲むと殴る夫に悩みながらも、アイヌ語の地名を和人が勝手に変えてしまうことに誰よりも怒る彼の姿を、クラさんが共感をもって書きつけているのも印象的だ。読者はクラさんと一緒に泣いたり笑ったりしながら、「近代」がアイヌの人々にもたらした喪失の痛みを受け取るだろう。クラさんは、アイヌこそがこの「ポイヤコタン(小さい島の国)」に昔から住んでいた「ほんとうの日本人」なのだ、と言う。そのまっすぐな使命感が心に刻まれる。(須永陽子)
「いわば、私たちは逆立ちの人生を歩きながら、広い地球の上で、知らないうちにからみあい、明日の光を求めあっていたのだった」 アメリカにあって日本の侵略戦争に反対する著者と、中国にあってその日本に援助するアメリカに抗するスメドレー。帝国主義の「祖国」に弓引く立場を選んだ二人の女性の生を、本書の著者石垣綾子は「逆立ちの人生」と呼んだ。 闘いを通じた二人の女性の人生の交錯が本書の魅力の一つだが、そうした「からみあい」は偶然に実現したものではない。アメリカ、ドイツ、中国、そしてアメリカと「転戦」したスメドレーの人生の軌跡は、同時に国際共産主義運動と反ファシズム闘争の軌跡と深く関わるものであった。本書はそうした二人の人生の交錯の背景を余すところなく伝えている。 「私が死ぬとすれば、私はアメリカ政府の演ずるアメリカ・ファシズムを呪い、アメリカの国会、軍事力、そのほかあらゆる官僚代表に向かって、祟りあれと唇にしながら死につきます」 戦後、マッカーシズムの渦に巻き込まれ、ついにはイギリスへの亡命を余儀なくされたスメドレーが、ロンドンでその生涯を終える際に残した遺書の一節だ。侵略戦争肯定の歴史観への批判を「反日暴徒」とまで呼ぶこの社会に決定的に不足しているのは、「逆立ちの人生」を貫き通したこのスメドレーの姿勢なのではないだろうか。(鄭栄桓)