破局前夜が新生前夜となる
戦争前夜が解放前夜となる
その希な望みを、私たちは棄てない。

特定非営利活動法人 前夜
Tel: 03-5351-9260 Fax: 03-5351-9267 E-mail: npo-zenya@zenya.org


06/9/12   English  Korean
ホーム 前夜とは 季刊『前夜』 会員募集 資料室 イベント セミナー クロニクル
前夜ブックガイド
前夜ブックガイドでは、『前夜』書評チームが共同で選書を行ない、いま読むべき本を提示します。

このページでは、季刊『前夜』本誌に毎号掲載されているブックガイドのコーナーを紹介しています。(ホームページに未掲載分および映像ガイドは本誌をお読み下さい。)また、当サイトに掲載された文章の無断引用はお断りします。

本の表紙画像または「Amazon詳細ページへ」をクリックすると、Amazonホームページから直接購入することができます。Amazon.co.jpのサイトでの購入に際しましては、お客様の責任においてご利用いただくことになります。→利用規約等の詳細はこちら

 第4回 〈女たち〉の現在(いま)

 本欄ではこれまでも、いわゆる学術書や専門書だけでなく、自伝的な作品や評伝を意識的に取り上げてきた。それは、ひとりの人間の生き方そのものに学び、現在の私たちの生のあり方をとらえなおしていくことを、前夜書評チームが重視しているからである。
 今回は特に、「〈女たち〉の現在」を考えるために、近現代において女性たちが厳しい状況におかれながらその中でどのように闘い、生きてきたのかを具体的に描き出す自伝や評伝にしぼって選書をおこなった。
 ここにあげた七冊では、生きた場所や時間、かかわった仕事などもさまざまにことなる女性たちの人生が語られているが、それぞれがそれぞれの困難に向き合おうとする〈生きる姿勢〉はまさに共通している。よく知られたものであっても、これまで必ずしも女性の生き方という観点から読まれてこなかった本も含まれている。そういった本を、フェミニズムの観点から読み直していく作業を今後も継続していきたい。(高和政)

何が私をこうさせたか――獄中手記 金子ふみ子 著 筑摩叢書(1984)/春秋社(1998)
冬の雑草 郡山吉江 著 現代書館(1980)
ある日本軍「慰安婦」の回想――フィリピンの現代史を生きて マリア・ロサ・L・ヘンソン 著 藤目ゆき 訳 岩波書店(1995)
ク スクップ オルシペ――私の一代の話 砂沢クラ 著 北海道新聞社(1983)/福武文庫(1990)
ギリシャ わが愛――独裁とたたかう女優の半世紀 メリナ・メルクーリ 著 藤枝澪子、海辺ゆき 訳 合同出版(1975)
回想のスメドレー 石垣綾子 著 みすず書房(1967)/社会思想社(1987)
カフカの恋人 ミレナ マルガレーテ・ブーバー=ノイマン 著 田中昌子 訳 平凡社(1976)/平凡社ライブラリー(1993)


何が私をこうさせたか――獄中手記
金子ふみ子 著
筑摩叢書 一九八四年/春秋社 一九九八年

 「将来の自分を生かす為に現在の自分を殺すことは断じて出来ないのです。……私はね、権力の前に膝折って生きるよりは、寧ろ死んで飽く迄自分の裡に終始します」。裁判で金子文子はこのように述べ、非転向を貫いた(『朴烈・金子文子裁判記録』)。
 文子は一九〇四年、日露戦争開戦の年に生まれたが、父が彼女を籍に入れなかったため、幼い頃から差別を受けた。しかもその父は母の妹と駆け落ちし、母も文子を置いて去ってしまった。9歳のときには、植民地朝鮮にいた父方の祖父母に引き取られたが、そこでもひどい虐待を受けた。彼女は差別と貧困の中、周囲の大人たちからこづき回されるようにして育ち、そんな子供時代の悲しい思いが、反差別、反権力の思想につながていったのである。
 文子は十七歳で上京、職を転々としながら苦学する生活の中で社会主義・無政府主義に接近し、伴侶となる朝鮮人活動家朴烈と雑誌『太い鮮人』(「不逞鮮人」のもじりである)を発行するなどの活動をした。しかし数年後、関東大震災時に検束され、朴烈ともども皇太子暗殺未遂の罪を着せられ一度は死刑判決を受けた。その後無期懲役に減刑(恩赦)になるも、獄中で自殺した。二十三歳の若さだった。なお、金子文子の人生と思想を知るためには、自伝である本書とあわせて、山田昭次氏による研究所『金子文子』(影書房)を読むことを薦めたい。(宗司光治)  ※本書は近く再刊予定。

冬の雑草
郡山吉江 著
現代書館 一九八〇年

 郡山吉江(一九〇七~一九八三)。『プロレタリア詩』との出会いから共産党に入党。主導的立場で活動するも、五十年分裂において除名。その後はニコヨンと呼ばれる日雇いをしながら、婦人民主クラブやさまざまな救援活動にたずさわった。個人史を綴った本書には、活動家としての軌跡と苦悩が刻まれている。
 郡山は、活動家である男たちの手助けをし拷問に耐えた「賤業婦」たちを、「真冬の雑草」に例える。そして、女たちが眠る土の上に自らの「生」があることに、深く思いを寄せるのだ。常に足元から活動を見つめなおす郡山の言葉は、力強く響く。
 また、日雇いで共に働いた女たちへのまなざしも興味深い。「はだかのおばさん」「かっぱのおばさん」「わかめのおばさん」。彼女たちの姿を描くとき、郡山はそのエロスのありようまで汲みとっていく。「少しばかり論理性を持った今日的おんなの模索は、本来のものとは少し違うような気がする」。私たちがいかにセクシャリティを?みきれていないか、鋭く衝く言葉である。
 もろさわようこのあとがきは、郡山のたたずまいを生き生きと伝えている。婦人運動の集会での郡山の姿には、「にわか活動家とはあざやかにちがう年輪がみえ」たという。活動を生/性も思索として追求した郡山の行き方は、口先だけの戦いを撥ね返す力を持っている。『ニコヨン歳時記』(拓殖書房、一九八三年)も併せて読みたい。(小野祥子)

ある日本軍「慰安婦」の回想 ――フィリピンの現代史を生きて
マリア・ロサ・L・ヘンソン 著 藤目ゆき 訳
岩波書店 一九九五年

 「誰にも語れない秘密はいつも心にのしかかる重荷でした。だから私は自分自身を相手に孤独な「告白」をするようになりました。誰かに話さずにはおれないときはいつも、小さな紙の綴りに『日本軍が私をレイプした……かれらは行列して私をレイプした』と書いて、その紙をもみくしゃにして捨ててしまうのです」
 本書の原題は『奴隷の運命を超えて』である。フィリピンではじめて公に日本軍性奴隷であったことを名乗り出たマリア・ロサ・ルナ・ヘンソン。連綿と続くフィリピンの封建的大土地所有制度のもとで不条理な生を押しつけられてきたその家族たち。性奴隷にされた当時だけでなく、家族や自身の生い立ち、「解放後」の生を回想している本書は、日本軍性奴隷にされるとはされるとは、尊厳を奪われるとはなんなのかを、一人の女性の生から私たちに深くつきつけてくる。
 日本軍性奴隷の存在を歴史から消し去ってきた日本で、「先ず日本人に呼んでもらいたい」と本書が出版されてから十年。長い間言葉にすることができなかった彼女の生が綴られたこの稀有な書も今では品切れ状態である。他者の声を聞きとることは、想像を絶するほど困難な作業であろう。しかし、その困難な道への歩みを止めたとき、私達は奴隷をつくり、その運命を翻弄するに違いない。(中條朝)

ク スクップ オルシペ――私の一代の話
砂沢クラ 著
北海道新聞社 一九八三年/福武文庫 一九九〇年

 本書の著者・砂沢クラさんは、一八九七年、アイヌ民族として北見に生まれた。翌年、「北海道旧土人保護法」公布。彼女の半生は、和人(シャモ)がアイヌから土地や言葉を奪い、共同体と生活基盤を破壊していった侵略のただなかにあった。「私の一生は苦労ばかり」というクラさんが自らの半生を綴ったノートをもとに、新聞連載を経て出版されたのが本書だ。
 コタンコロクル(村おさ)だった祖父の膝の上で、昔話を聞いて育ったクラさん。一九〇七年、和人によって住み慣れた土地を追われたときから、「部落の、そして私たち家族の不幸が始まりました」という。道内各地を転々として開拓と稲作、鉄道工事などの仕事をしながら、アイヌの人々は助け合って狩猟や儀式を続けた。声のよい人、狩猟をよくする人、度胸のある人……。人々の群像は一人ひとりへの敬意をこめて丁寧に描写されている。
 酒を飲むと殴る夫に悩みながらも、アイヌ語の地名を和人が勝手に変えてしまうことに誰よりも怒る彼の姿を、クラさんが共感をもって書きつけているのも印象的だ。読者はクラさんと一緒に泣いたり笑ったりしながら、「近代」がアイヌの人々にもたらした喪失の痛みを受け取るだろう。クラさんは、アイヌこそがこの「ポイヤコタン(小さい島の国)」に昔から住んでいた「ほんとうの日本人」なのだ、と言う。そのまっすぐな使命感が心に刻まれる。(須永陽子)


ギリシャ わが愛――独裁とたたかう女優の半世紀
メリナ・メルクーリ 著 藤枝澪子、海辺ゆき 訳
合同出版 一九七五年

 「世界中がいかにギリシャの歴史を知らないかを思うと、ほんとうに腹がたつ。たいていの人が、ペリクレスが死んだのはほんの昨日のことであり、アエスキュロスがこんにちも戯曲を書いているかのような調子で話をする」
 近現代ギリシャに降りかかった悲劇を思えば、メリナ・メルクーリがこうも憤るのも当然だ。ギリシャは反ナチ・レジスタンスを闘いぬきながらも、大国間の政治に翻弄され、冷戦の矛盾を一身に背負うかたちで、六〇年代にはアメリカの援助の下、軍事独裁政権が成立することになる。メリナ・メルクーリは『日曜はダメよ』の女優であると同時に、他ならぬこのギリシャ現代史を闘い抜いた女性なのだ。彼女の自伝である本書からは、そうした意味で、「女優」メリナと「反独裁の闘士」メリナを決して分けて考えてはいけないということがよくわかる。女優となったメリナはそこで民衆と接しながら「闘士」へと成長していくのだ。
 「私はギリシャ人として生まれ、ギリシャ人として死にます」
 独裁政権がメリナの市民権を剥奪した際のこの言葉には両者を支えるメリナの一貫したギリシャへの愛が明瞭に現れている。「女優」であると同時に「闘士」であるということが、このギリシャへの愛によって統一されていることが読み取れる点にこそ、本書の魅力があるといえるだろう。(鄭栄桓)

回想のスメドレー
石垣綾子 著
みすず書房 一九六七年/社会思想社 一九八七年

 「いわば、私たちは逆立ちの人生を歩きながら、広い地球の上で、知らないうちにからみあい、明日の光を求めあっていたのだった」
 アメリカにあって日本の侵略戦争に反対する著者と、中国にあってその日本に援助するアメリカに抗するスメドレー。帝国主義の「祖国」に弓引く立場を選んだ二人の女性の生を、本書の著者石垣綾子は「逆立ちの人生」と呼んだ。
  闘いを通じた二人の女性の人生の交錯が本書の魅力の一つだが、そうした「からみあい」は偶然に実現したものではない。アメリカ、ドイツ、中国、そしてアメリカと「転戦」したスメドレーの人生の軌跡は、同時に国際共産主義運動と反ファシズム闘争の軌跡と深く関わるものであった。本書はそうした二人の人生の交錯の背景を余すところなく伝えている。
 「私が死ぬとすれば、私はアメリカ政府の演ずるアメリカ・ファシズムを呪い、アメリカの国会、軍事力、そのほかあらゆる官僚代表に向かって、祟りあれと唇にしながら死につきます」
 戦後、マッカーシズムの渦に巻き込まれ、ついにはイギリスへの亡命を余儀なくされたスメドレーが、ロンドンでその生涯を終える際に残した遺書の一節だ。侵略戦争肯定の歴史観への批判を「反日暴徒」とまで呼ぶこの社会に決定的に不足しているのは、「逆立ちの人生」を貫き通したこのスメドレーの姿勢なのではないだろうか。(鄭栄桓)


カフカの恋人 ミレナ
マルガレーテ・ブーバー=ノイマン 著 田中昌子 訳
平凡社 一九七六年/平凡社ライブラリー 一九九三年

 ミレナは、ゲシュタポに「ひょっとしてあんたの子供もユダヤ人じゃないのか?」と訊かれ、「悲しいことに、たまたまそうじゃないんです」と答えた。チェコ人の彼女は、ユダヤ人に強制されたダビデの星を自分の服に縫い付けて街を歩いた。
 そんなミレナが、ドイツのラーヴェンスブリュック女性強制収容所で友情を結んだのが、マルガレーテである。ドイツ共産党員だったマルガレーテはスターリン体制下で収容所に連行され、四〇年ヒトラー・スターリン協定によってナチスに引き渡されるという悲劇のどん底を生きてきた。収容所内の多数を占める共産党員は彼女の話を信用せず、裏切り者扱いした。真のジャーナリストだったミレナは、彼女の証言の歴史的重要性を見抜き、「強制収容の時代」という本を一緒に書こうと提案する。苛酷な収容所生活で生死をかけた〈記憶の共同作業〉がはじまる。だがミレナは収容所で息絶え、生き残ったマルガレーテは二人の約束どおり『スターリンとヒトラーの囚人として』を著した。その後、哀悼と鎮魂をこめてミレナの生涯を照らしだした伝記が本書である。
 多くのユダヤ人の亡命を助け、ジャーナリストとして毅然たる記事を書き続けたミレナ。収容所では、「ひとかけらの囚人心理」をもたず、弱い女性たちを心配する。本書は彼女の自由であろうとする精神を伝える。恋人カフカはミレナの精神に「未来の闘い」をみた。(岡本有佳)