破局前夜が新生前夜となる
戦争前夜が解放前夜となる
その希な望みを、私たちは棄てない。

特定非営利活動法人 前夜
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06/9/12   English  Korean
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前夜の言葉

NPO前夜設立に際しての発起人によるメッセージ。

高橋哲哉 「一点の灯」
岡本有佳 「〈はじまり〉に向かって」
○李孝徳
高和政 「「知識人」になること」
三宅晶子 「〈前夜〉を歩く」
中西新太郎 「〈弱さ〉をつらぬくという抵抗」
徐京植 「希な望み」
○菊池恵介

一点の灯

 この国の「地金」が剥き出しになってきた。
 まるで、戦後民主主義と平和主義の全ては、この「地金」を暫時隠していたメッキにすぎなかった、とでもいうかのように。
 半世紀前までこの国は、侵略戦争を繰り返し、植民地支配による他民族差別、自国内での階級差別、女性差別などによって「帝国」を維持していた。近代日本国家は、戦争と差別を通して造り上げられたのだ。
 一九四五年の敗戦は、民主主義と平和主義の憲法をもたらしたけれども、この国の「地金」に本質的変化はなかったのであろう。いま、再び、戦争と差別の時代がやって来ようとしている。戦争肯定と差別の上に居直る言説が解禁され、むしろ「普通の人々」の喝采を浴びている。国策に抗う少数者は、権力による弾圧だけでなく、市民社会からの攻撃と排除の脅威にもさらされている。
 困ったことに、この時代の真実を人々に伝えるべきマスメディアは、すでに、戦争と差別の時代に棹差している。
 掛け値なしの危機の時代。問われるべきは広義の「知」と「文化」に関わる者の責任である。
 この間、人文・社会科学では、国家や資本や文化の暴力を解析する先鋭な理論が練り上げられてきた。しかし、汗牛充棟の研究書や論文は、この反動の時代への抵抗の武器としてどれほどの役割を果たしえているのだろうか。
「知識人の使命」といったアナクロニックな幻想を掻きたてようというのではない。国家批判の「知」が意味をもつ唯一の場面に介入できないならば、そもそも何のための「知」であったのか、空しさが募るばかりではないか。
 私たちも、みずからの非力さは十分承知している。時代の大勢が音を立ててある方向に流れていくとき、思想や芸術だけでそれを押しとどめられるわけではないことも、歴史を見れば明らかである。にもかかわらず、いま、ここで、何もせずに敗北するわけにはいかない。戦争と差別の時代を許せば、私たちの敗北である。しかし、抵抗せずに敗北するよりは抵抗して敗北するほうがずっといい。
 
 はてしない四方は暗黒にとざされているが
  天空には星の群れが輝いている
  雪をうつすには余りにも遠く弱い光だが
  喜ばしいことに書物を照らす一点の灯がある −郭沫若

 私たちはあきらめない。どんな「暗い時代」にも、暗闇に抗して思考し、言葉を紡ぎ、闇に紛れた他者たちに向けて声を発した人たちがいた。そうした思考、言葉、声に勇気づけられ、私たちも思考し、言葉を紡ぎ、声を発していきたい。

高橋哲哉(たかはし・てつや)
1956年福島生まれ。哲学。東京大学教員。映画『ショアー』や日本軍「慰安婦」問題をきっかけに、世界的視野で戦後責任問題に取り組む。著書に『デリダ――脱構築』『戦後責任論』(講談社)、『記憶のエチカ』『歴史/修正主義』(岩波書店)、『ナショナル・ヒストリーを超えて』(共編著・東京大学出版会)、『証言のポリティクス』(未来社)、『〈物語〉の廃墟から』(影書房)他

〈はじまり〉に向かって
一年半がかりで準備してきた『前夜』創刊号がようやく校了日の朝を迎えようとしている。予想をはるかにこえた困難な道のりに踏みだしたのだということを、いまあらためて実感している。
 言葉が中身を失っていく時代。情報はますます断片化され、単純化され、「考える」こと自体に意味がないとまで思わされる冷笑主義・相対主義が蔓延している。そんな時代に、『前夜』は「反戦・反差別・反植民地主義」をかかげて出発する。
 私は十数年余りある生協で書籍の共同購入活動に従事しつつ、さまざまな運動にもかかわってきた。そうしたささやかな経験から学んだことは、私たち一人一人がそれぞれの生きる場で、自由に・自律的にものごとを分析したり、解釈したりすることがいかに困難であるかということ。しかもそれは不断の努力と忍耐を要するということである。各自の自発性・自律性を検証しながらの雑誌づくりという共同作業は、編集委員会が内容を決定して原稿依頼をして終わりというものではない。いま切実に必要な相互批評という営みを手放さないために、二十代から七十代まで、世代もジェンダーも領域も異なるさまざまな人々が創刊号だけでも三〇人以上参加している。
 本には人を待つ力がある。立ちどまってものを考えたり、立ち戻ることもできる。『前夜』はそんなふうに読まれてほしい。
 最後に、事前の直接購読・賛同カンパなどの支えがなければ創刊することはできなかった。有難うございました。表紙から細部まで心を尽くしたデザインをして下さった追川恵子さん、印刷の新栄堂の皆さん、発売を引き受けて下さった影書房の皆さんに感謝します。『前夜』のロゴは印刷博物館のご協力で活版のイワタ明朝体初号活字を使わせてもらった。また、念願だったパレスチナの抵抗作家カナファーニー作品選掲載について、亡き作家のパートナーであるアーニーさんから心のこもった快諾のお手紙をいただいたことは大きな喜びであった。(創刊号編集後記より)

岡本有佳(おかもと・ゆか)
季刊『前夜』編集長。1963年東京生まれ。十数年、生協の書籍の共同購入事業に従事。
2003年退職。編共著に『女たちの言葉』(青木書店)、『こどもに贈る本』(みすず書房)、『〈コンパッション〉は可能か?――歴史認識と教科書問題』(影書房)他
「知識人」になること

 昨年九月二四日に急逝したエドワード・W・サイードは、「知識人」の「責務」について次のように言っていた。

「したがって知識人がなすべきことは、危機を普遍的なものとしてとらえ、特定の人種なり民族がこうむった苦難を、人類全体にかかわるものとみなし、その苦難を、他の苦難の経験とむすびつけることである。(中略)
知識人は、集団的愚行が大手をふってまかりとおるときには、断固これに反対の声をあげるべきであって、それにともなう犠牲を恐れてはいけないのである。」
(『知識人とは何か』平凡社ライブラリー、1998年、83~84頁)

 ここで言われている「責務」を果すような大「知識人」などもはや存在しえない、といった反応がすぐさま聞えてきそうだ。しかし、現在のような「集団的愚行が大手をふってまかりとおるとき」に、えらい「知識人」がいないことを嘆いていても意味がないだろう。ここでサイードが述べていることは、今まさに求められているのである。「知識人」がいないのならば、ひとりひとりが「知識人」になるより他にないのでは_覆い__br>  いたるところに存在する「危機」・「苦難」のそれぞれの実態を見つめ、その歴史性・同時代性をともに明らかにして「他の苦難の経験とむすびつけ」、「集団的愚行」が重ねられている現状に対して「反対の声」をあげていくこと。創刊される季刊『前夜』は、現在の日本社会において圧倒的に不足しているこの作業の一つの拠点となるだろう。そして、この作業をおこなっていくことを通して、ひとりでも多くの人が「知識人」になることが必要だと考えている。

高和政(コウ・ファジョン)
1975年大阪生まれ。日本語文学。論文「『魂』の声を聴け、語れ−目取真俊『面影と連れて』という暴力」

〈前夜〉を歩く

 夜の中を歩みとおす時助けになるのは、
 橋でも翼でもない、友の足音だ。

 これは第一次大戦下の一九一六年、二四歳のベンヤミンが友に宛てて書いた言葉だ。かつて野村修は、その鮮烈な書『ベンヤミンの生涯』のあとがきでこの言葉を印象深く引用し、歴史の夜のかなたを歩むベンヤミンの足音を私たちに伝えた。
 そして現在、一見明るい日常の底で深まりゆく夜の中、この言葉を心に抱く者は、静かに耳を澄ますだろう。遠くに、近くに、同時代を生きる者の足音が響いてくるかと。
 一九四〇年、ベンヤミンは、歩み通すことができなくなった。夜明けの厳しい山越えをやり遂げた挙げ句、スペインへの国境で通過を拒絶され、その夜、自ら命を絶った。
 他方、強制収容所を生き延びたツェラーンにとっての夜明けは、生と死のはざまの時、むしろ死を育む「黒いミルク」を滴らせるものであり、人々は水攻めのようにそれを飲み続けた。

 夜明けの黒いミルクそれを私たちは夕べに飲む
 私たちは昼と朝に飲む私たちは夜に飲む
 私たちは飲むそして飲む

 彼らが経験した夜は、私たちの夜へと続いている。この夜は、ゆっくりと、何かの〈前夜〉になりつつあるのではないか……
 先日、ベンヤミンの手紙を読み返してみて胸を衝かれた。彼は、先に挙げた一文に続けてこう書いていた。

 夜に抗して闘う者は、夜の最も底深い闇を動かさなければならない、まさに夜そのものの光 を手渡すために。

 夜の闇に外から光を当てるのではない。その中で生き、闘っている夜の「最も底深い闇」を自ら動かして、「夜そのものの光を手渡す」(傍点は原文イタリック)と、彼は書いている。光は外にあるのではなく、夜そのものの中に潜んでいる。その重い奥底を動かすならば、夜の闇そのものが自ら光を発するのだ。夜明けは外からやってくるのではない。私たちが揺さぶった時、夜の中から生まれてくるのだ。その希(まれ)なる光を見たいと思う。
 闇がほぐれ、紺から紫へ、そして金色に輝き出す時を求めて――
 〈前夜〉を歩く
 かたわらに子どもたちの足音を聞きながら
 遠くに、近くに、友の足音を聞きながら
 この夜の奥底を動かそうと
 言葉に、行動に、生きることに、力を尽くそう

三宅晶子(みやけ・あきこ)
1955年生まれ。ドイツ文化論・比較文化論。千葉大学教員。アジアの膨大な死者たち、そして語れなかった者たちの、膨大な沈黙、語らせなかった、聞かなかった者(私)たちの責任を考えている。この暗闇から言葉が生まれてくるならば、21世紀の人類に、大きな地平を切り開いていく瞬間となるでしょう。著訳書に『感覚変容のディアレクティク』(平凡社・共著)、『ベンヤミン・コレクション2』(ちくま学芸文庫・共訳)他

弱さ〉をつらぬくという抵抗

 あらかじめ抵抗の文化が存在するのではなく、権力を持たぬ普通の人々が余儀なくされる〈弱さ〉がその現実にふさわしい出口を求めさせる。支配権力に圧伏されるただなかで別様に生きる想像的な手がかり。暗闇のなかでそっと握りしめることができ、そうできることで同じものを握りしめているにちがいない他者の手をもたしかに感じとることのできる〈弱さ〉のつながり。文化が抵抗的であるのはそういう場所なのだと思う。
 〈弱さ〉をつなげてしまう文化の可能性はどれだけ強大な支配者にとっても脅威だ。脅威だからこそ、私たちが抱える〈弱さ〉を各人の内面へと押しこめ、無力の自認や被害の甘受へと転轍させる。物理的に服従させるだけにとどまらぬ支配のこの暴力的抑圧機能は、いま、日本社会のいたるところではたらいている。「内心の自由」さえ抵抗の地盤とみなし排する最先端の権力支配は、おかしいと感じつつこの社会に居続けることさえも許さない。自殺サイトに集いどうやって死ねるかを日々「交流」しあう膨大な若者たちのすがたは、自らの生すらも諦められるほどの自壊へと人々を押しこめてゆく現代日本の抑圧の深さを映し出している。
 〈弱さ〉をかくも徹底した無力に固く結びつける支配文化の話法と技法に、どうしたって〈弱さ〉から出発せざるをえない私たちがどう抵抗できるのかを想う。〈弱さ〉のつながりを地盤とする抵抗は、しかし、支配の力に肩を並べる同質の強さによっては支えられない。支配する力を背景にしたそういう〈強さ〉と〈弱さ〉の関係自体を組みかえることでしか、〈弱さ〉にひそむ可能性をそうやって拓くことでしか、要するに〈弱さ〉をつらぬくことでしか、〈弱さ〉を無力に結びつける支配と抑圧の話法から自らを解き放つことはできない、と思う。
 敗戦を弱さの悲哀とのみ受けとった日本社会の主流は、〈弱さ〉を克服し経済大国となって強者を見返す道を歩んできた。その願望はいま、戦争のできる強い国家の実現を展望するところにまでたどりつこうとしている。別の軌跡もまた理念としてありえたはずであるのに、強さと弱さの関係を組みかえる理念と手法の総体としてある平和主義を国是としたはずであるのに、その豊かな可能性は富という〈強さ〉の追求の陰で惜しげもなく振り捨てられてきた。日本国憲法平和条項が秘める展望と可能性がいまそうして塞がれようとしている。

    No time to choose
    When the truth must die
    真実が死ななければいけない時
    選んでいる時間がない

(ボブ・ディラン「No time to think/考える時間がない」)

 真実が死ななければいけない、殺されようとする時を私たちは生きている。たとえほんの僅かでも真実を握りしめることのできる時間を、自ら産み出す以外に、私たちの選択はない。

(七月三日創刊プレ集会発言より抜粋)

中西新太郎(なかにし・しんたろう)
1948年静岡生まれ。社会哲学、現代日本社会論。横浜市立大学教員。他者を意識から抹消して顧みない暴力の文化が90年代日本社会のどんな地盤から生い立ってきたかを追究してきた。著書に『思春期の危機を生きる子どもたち』(はるか書房)、『情報消費型社会と知の構造――学校・知識・時事』(旬報社)、『戦争論妄想論』(共著、教育史料出版会)他

希(まれ)な望み

 「日本で民主主義が死ぬ日」(1999)、「断絶の世紀・証言の時代」(2000 )、「コンパッション(共感共苦)は可能か?」(2001)、「《反戦》、いまこそ」(2002)――この数年、私たちが積み重ねてきた対話集会のタイトルである。ここにすでに、私たちの時代認識と切迫した思いが読み取れるであろう。その思いの延長上に、季刊『前夜』を起ち上げようという今回の企図がある。 
 現在、日本で起きていることは戦後民主主義を総否定しようとする歴史的大反動である。反動は、いまでは公然とイラクの戦場に自衛隊が送り出され、憲法9条の廃棄が主張される段階にいたっている。ここ数年来私たちが憂慮していたとおり、いや、それをも上回る速度で、戦争のできる国への変化は着々と進んでいる。戦後の日本で今日ほど、排他的ナショナリズム、近隣諸国への敵愾心、少数者への差別意識、無責任な自己中心主義が大手を振って跳梁している時期はない。
 いまは夜である。夜が続いている。日本という一つの社会が、速やかに、滑らかに、転落を続けている。だが、この夜は漆黒の闇ではなく、むしろ不快な明るさを帯びている。壊れたテレビ画面のようだ。色彩ばかりケバケバしく、ピントが合っていないのだ。登場人物たちは非論理的な発言を平然と反復し、軽薄に笑い合っている。笑いながら、確実に転落している。その果てには破局が待っている。戦争前夜、破局前夜である。
 しかも、日本が破局の奈落に落ちるのは、かつての戦争がそうであったように、自らに数倍、数十倍する犠牲を他者に強いたあとのことなのだ。日本人が殺されるのは、すでに何倍、何十倍もの他者を殺してしまったあとなのだ。
 この夜を不安のうちに過ごしている人々、この転落に何とかして歯止めをかけたいと考えている人々は少なくない。しかし、その人々はそれぞれに分散、孤立しており、手がかり足がかりとなる拠点をもっていない。政党、労働組合、市民運動、学生運動、知識人、マスメディア……おそよ、あらゆる抵抗の拠点が崩壊ないし腐朽してしまった。とりわけ、冷笑と相対化の言説をもてあそぶことに終始し、危機にあたって自己の責務を自覚すらしない知識人とメディアの罪は言いようもなく大きい。
 いま、この夜に、私たちは、たとえ非力でも、みずからひとつの抵抗点となろうと決意した。季刊『前夜』は、私たちと同じ思いを抱いてこの夜を生きている人々に、政治だけでなく、思想、文化の領域において、抵抗の足がかりを提供しようとする。
 破局前夜が新生前夜となる、戦争前夜が解放前夜となる、その希(まれ)な望みを、私たちは棄てない。

徐京植(ソ・キョンシク)
1951年京都生まれ。作家。東京経済大学教員。在日朝鮮人の経験に根ざしつつ、東アジアに恒久的平和を実現する困難な可能性のために発言してきた。ディアスポラ/アート研究会主宰。著書に『私の西洋美術巡礼』(みすず書房)、『プリーモ・レーヴィへの旅』(朝日新聞社)、『青春の死神』(毎日新聞社)、『秤にかけてはならない――日朝問題を考える座標軸』(影書房)他