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〈弱さ〉をつらぬくという抵抗
中西新太郎
あらかじめ抵抗の文化が存在するのではなく、権力を持たぬ普通の人々が余儀なくされる〈弱さ〉がその現実にふさわしい出口を求めさせる。支配権力に圧伏されるただなかで別様に生きる想像的な手がかり。暗闇のなかでそっと握りしめることができ、そうできることで同じものを握りしめているにちがいない他者の手をもたしかに感じとることのできる〈弱さ〉のつながり。文化が抵抗的であるのはそういう場所なのだと思う。
〈弱さ〉をつなげてしまう文化の可能性はどれだけ強大な支配者にとっても脅威だ。脅威だからこそ、私たちが抱える〈弱さ〉を各人の内面へと押しこめ、無力の自認や被害の甘受へと転轍させる。物理的に服従させるだけにとどまらぬ支配のこの暴力的抑圧機能は、いま、日本社会のいたるところではたらいている。「内心の自由」さえ抵抗の地盤とみなし排する最先端の権力支配は、おかしいと感じつつこの社会に居続けることさえも許さない。自殺サイトに集いどうやって死ねるかを日々「交流」しあう膨大な若者たちのすがたは、自らの生すらも諦められるほどの自壊へと人々を押しこめてゆく現代日本の抑圧の深さを映し出している。
〈弱さ〉をかくも徹底した無力に固く結びつける支配文化の話法と技法に、どうしたって〈弱さ〉から出発せざるをえない私たちがどう抵抗できるのかを想う。〈弱さ〉のつながりを地盤とする抵抗は、しかし、支配の力に肩を並べる同質の強さによっては支えられない。支配する力を背景にしたそういう〈強さ〉と〈弱さ〉の関係自体を組みかえることでしか、〈弱さ〉にひそむ可能性をそうやって拓くことでしか、要するに〈弱さ〉をつらぬくことでしか、〈弱さ〉を無力に結びつける支配と抑圧の話法から自らを解き放つことはできない、と思う。
敗戦を弱さの悲哀とのみ受けとった日本社会の主流は、〈弱さ〉を克服し経済大国となって強者を見返す道を歩んできた。その願望はいま、戦争のできる強い国家の実現を展望するところにまでたどりつこうとしている。別の軌跡もまた理念としてありえたはずであるのに、強さと弱さの関係を組みかえる理念と手法の総体としてある平和主義を国是としたはずであるのに、その豊かな可能性は富という〈強さ〉の追求の陰で惜しげもなく振り捨てられてきた。日本国憲法平和条項が秘める展望と可能性がいまそうして塞がれようとしている。
No time to choose
When the truth must die
真実が死ななければいけない時
選んでいる時間がない
(ボブ・ディラン「No time to think/考える時間がない」)
真実が死ななければいけない、殺されようとする時を私たちは生きている。たとえほんの僅かでも真実を握りしめることのできる時間を、自ら産み出す以外に、私たちの選択はない。
(なかにし・しんたろう)
1948年静岡生まれ。社会哲学、現代日本社会論。横浜市立大学教員。他者を意識から抹消して顧みない暴力の文化が90年代日本社会のどんな地盤から生い立ってきたかを追究してきた。著書に『思春期の危機を生きる子どもたち』(はるか書房)、『情報消費型社会と知の構造――学校・知識・時事』(旬報社)、『戦争論妄想論』(共著、教育史料出版会)他
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