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〈前夜〉を歩く 三宅晶子 夜の中を歩みとおす時助けになるのは、 橋でも翼でもない、友の足音だ。 これは第一次大戦下の一九一六年、二四歳のベンヤミンが友に宛てて書いた言葉だ。かつて野村修は、その鮮烈な書『ベンヤミンの生涯』のあとがきでこの言葉を印象深く引用し、歴史の夜のかなたを歩むベンヤミンの足音を私たちに伝えた。 そして現在、一見明るい日常の底で深まりゆく夜の中、この言葉を心に抱く者は、静かに耳を澄ますだろう。遠くに、近くに、同時代を生きる者の足音が響いてくるかと。 一九四〇年、ベンヤミンは、歩み通すことができなくなった。夜明けの厳しい山越えをやり遂げた挙げ句、スペインへの国境で通過を拒絶され、その夜、自ら命を絶った。 他方、強制収容所を生き延びたツェラーンにとっての夜明けは、生と死のはざまの時、むしろ死を育む「黒いミルク」を滴らせるものであり、人々は水攻めのようにそれを飲み続けた。 夜明けの黒いミルクそれを私たちは夕べに飲む 私たちは昼と朝に飲む私たちは夜に飲む 私たちは飲むそして飲む 彼らが経験した夜は、私たちの夜へと続いている。この夜は、ゆっくりと、何かの〈前夜〉になりつつあるのではないか…… 先日、ベンヤミンの手紙を読み返してみて胸を衝かれた。彼は、先に挙げた一文に続けてこう書いていた。 夜に抗して闘う者は、夜の最も底深い闇を動かさなければならない、まさに夜そのものの光 を手渡すために。 夜の闇に外から光を当てるのではない。その中で生き、闘っている夜の「最も底深い闇」を自ら動かして、「夜そのものの光を手渡す」(傍点は原文イタリック)と、彼は書いている。光は外にあるのではなく、夜そのものの中に潜んでいる。その重い奥底を動かすならば、夜の闇そのものが自ら光を発するのだ。夜明けは外からやってくるのではない。私たちが揺さぶった時、夜の中から生まれてくるのだ。その希(まれ)なる光を見たいと思う。 闇がほぐれ、紺から紫へ、そして金色に輝き出す時を求めて―― 〈前夜〉を歩く かたわらに子どもたちの足音を聞きながら 遠くに、近くに、友の足音を聞きながら この夜の奥底を動かそうと 言葉に、行動に、生きることに、力を尽くそう (みやけ・あきこ) 1955年生まれ。ドイツ文化論・比較文化論。千葉大学教員。アジアの膨大な死者たち、そして語れなかった者たちの、膨大な沈黙、語らせなかった、聞かなかった者(私)たちの責任を考えている。この暗闇から言葉が生まれてくるならば、21世紀の人類に、大きな地平を切り開いていく瞬間となるでしょう。著訳書に『感覚変容のディアレクティク』(平凡社・共著)、『ベンヤミン・コレクション2』(ちくま学芸文庫・共訳)他 |